尚古集成館について

尚古集成館について

大正12年(1923)に開館した尚古集成館は、建物自体が幕末に建造された歴史的建造物「旧集成館機械工場」であり、
国内に現存する最古の洋風工場建築として国の重要文化財に指定されています。

大正12年(1923)に開館した尚古集成館は、建物自体が幕末に建造された歴史的建造物「旧集成館機械工場」であり、国内に現存する最古の洋風工場建築として国の重要文化財に指定されています。

旧集成館機械工場

旧集成館機械工場

28代島津斉彬によって開始された集成館事業は、安政5年(1858)に彼が死去すると一時的に縮小・停止され、さらに文久3年(1863)の薩英戦争により斉彬期の工場群は灰塵に帰します。しかし斉彬の跡を継いだ29代島津忠義と、その父で斉彬の異母弟であった久光によって斉彬の遺志は受け継がれ、事業は再興されることになりました。こうして最初に建設されたのが、25馬力の蒸気機関と近代的な工作機械を備えた機械工場です。
機械工場は、元治元年(1864)に建築が始まり、慶応元年(1865)に竣工します。当初は洋式船の整備を行うための工場でしたが、輸入した工作機械を薩摩の人々が使いこなす中で、やがては工作機械類そのものを製造することができるようになっていきました。

建物の特徴

建物の特徴

機械工場は当時の国内では珍しい洋風石造建築物で、建設当初から「ストンホーム」と呼ばれていました。このため、建設には西洋人が携わっていたと誤解されますが、実際には西洋人が関与していたとすればあり得ない特徴を持っています。
例えば、外壁はレンガではなく石材を用いた石造りとなっています。これには、南九州に位置する薩摩藩特有の背景があります。南九州では、太古の火山活動によって生成された溶結凝灰岩と呼ばれる加工しやすい石材が豊富だったため、伝統的に石造建築技術が発達していました。そうした在来の技術が活かされているのです。
さらに外壁の基部には、神社建築でよく見られる亀腹石が設けられており、屋根を支える小屋組みも、方杖が細く、梁が必要以上に太いなど、和風建築の影響を色濃くとどめています。
これは、薩摩の人々が西洋人の助けを借りず独力で、在来の知識・技術を総動員しながら洋風工場の建設を目指したことを物語っています。近代化に取り組んだ薩摩の人々独自の工夫と、試行錯誤の過程を示しています。

建物の特徴

建物の特徴

慶応元年(1865)に竣工した集成館機械工場は、薩摩藩の先進的な工場として第二期集成館の中核を担いました。明治4年(1871)の廃藩置県に伴い鹿児島県が設置されると、機械工場を含む集成館は陸軍に移管され、明治7年(1874)には海軍の施設となります。

ところが明治10年(1877)に西南戦争が勃発すると、集成館は西郷軍に占拠されてしまい、鹿児島奪還を図る政府軍との間に激戦が繰り広げられることになります。幸い機械工場は戦火を免れましたが、この時周辺の工場群のほとんどは焼失してしまいました。

その後、明治22年(1889)に機械工場と周辺の土地は島津家の所有となり、島津家の経営下で直営操業も行われますが、事業は振るわず大正4年(1915)ついに操業を停止することになりました。

しかし機械工場は取り壊されることはなく、博物館として生まれ変わることになります。大正8年(1919)に入口部分や内部の間取りの一部に改装が加えられ、大正12年(1923)、機械工場は、島津家に伝わる歴史資料を展示する博物館「尚古集成館」として開館しました。館名は30代島津忠重の命名で、かつてこの地にあった工場群の名前「集成館」と、古きを尊ぶという意味の「尚古」を組み合わせたものです。

こうして博物館本館となった機械工場は、昭和34年(1959)に敷地一帯が国の史跡「旧集成館」に指定され、昭和37年(1962)には建物自体が国の重要文化財「旧集成館機械工場」に指定されました。そして平成27年(2015)、世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産として世界文化遺産に登録されています。

博物館 尚古集成館の歩み

博物館 尚古集成館の歩み

大正12年(1923)に開館した尚古集成館は、100年以上の歴史を誇る博物館です。
南九州を700年以上にわたって統治してきた島津家に伝わる歴史資料1万点以上を収蔵しており、
開館以来これらの保存・展示と調査研究を行っています。

大正12年(1923)に開館した尚古集成館は、100年以上の歴史を誇る博物館です。
南九州を700年以上にわたって統治してきた島津家に伝わる歴史資料1万点以上を収蔵しており、開館以来これらの保存・展示と調査研究を行っています。

大正 12 (1923)年5月22日

公爵島津家の博物館として開館

昭和 31 (1956)年11月18日

株式会社島津興業の運営となる

昭和 34 (1959)年2月25日

一帯が国指定史跡「旧集成館」に指定

昭和 35 (1960)年12月22日

文部省より博物館相当施設の指定を受ける

昭和 37 (1962)年6月22日

建物が「重要文化財 旧集成館機械工場」に指定

平成 2 (1990)年3月5日

尚古集成館別館開館

平成 17 (2005)年10月8日

常設展示リニューアル

平成 19 (2007)年11月30日

経済産業省の「近代化産業遺産」に認定される

平成 21 (2009)年1月5日

旧集成館・旧集成館機械工場が世界遺産暫定リストに記載される

平成 25 (2013)年9月17日

旧集成館・旧集成館機械工場を含む「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」が2015年に世界遺産に推薦されることが決定する

平成 27 (2015)年7月5日

旧集成館・旧集成館機械工場を含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」が世界文化遺産に登録される

令和 6 (2024)年9月30日

尚古集成館別館を事務所・講堂とし、通常公開を終える

令和 6 (2024)年10月1日

常設展示リニューアル

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